2007年7月 9日 (月)

「きょうの広瀬川」777で7周年

 前回のブログで紹介した「ヒヨドリの子育て」、5月の末に3羽の雛が誕生し,続編を書くつもりだったが、生まれてから4日目の朝、カラスに襲われたようで、巣がひっくり返されており、雛の姿はなかった。母鳥は諦めきれないようで、壊された巣の側で悲しく鳴いていた。自然の摂理とはいえ、残念。

 Photo_3 広瀬川では3組のアイガモが子育てを行っていたが、5月に1組目がアクシデントで巣を放棄したが、2組目は6月中旬、6羽の雛が孵り、7月始めには3組目が4羽の雛を連れて泳いでいるのが確認され、アイガモの家族は9羽から19羽の大家族になっていた。

きょうの広瀬川、一昨日で満7周年を迎えた。最初の掲載は2000年7月7日、「梅雨空のツインタワー」の写真が第1回目だった。当初、毎日どのような内容の写真を撮ったらよいか、苦労し、どうせ誰も見ていないだろうから止めてしまおうと思ったこともあったが、2007年7月7日の3セブンの日に7周年を迎えることができ、感慨無量である。

 先日の「広瀬川写真教室」の際、Photo_4 出会った2匹の「青大将」、近づいて写真を撮っても逃げない。どうやらこの時期は蛇にとって交尾の季節のようで、その邪魔をしてしまったみたい。怖いもの見たさの写真教室の「おばさん」達と「おじさん」は2匹の蛇に「蛇ちやん」、「蛇蔵クン」と勝手に名前を付け、写真を撮るから早く交尾しろと迫ったが、人の目が気になったのか、巣穴に入ってしまった。

Photo_5 7月7日は朝からNHKの取材に同行し広瀬川へ、この撮影が終わり、記念すべき、この日の主役を何にするかと思っていると、河原のいつもの場所で「蛇ちやん」が日向ぼっこしているではないか、1m以上の長さがあるが、トグロを巻いていたお陰で全身を納めることができた。そういうわけで記念すべき7周年目の「きょうの広瀬川」は少しでも長く続けられればと「蛇ちゃん」に決定した。今後とも「きょうの広瀬川」よろしくお願いいたします。

2007年2月28日 (水)

小さな訪問者

 2月も今日でおわり、今年の冬は記録的な暖冬だった。広瀬川ではすでに春の植物が花を咲かせ、「蜂」や平年は4月の上旬頃に見られる「モンシロチョウ」の虫たちが飛んでいる姿を確認することができた。

 先日、野鳥に仏前に上げたご飯を食べさせようと餌づけの台を設置した。場所は私の仕事場がある部屋の前。部屋からは窓ガラスを通して観察できる。折角なので、ビデオカメラとデジタル一眼レフカメラを設置し、餌を食べに来る鳥を待つことにした。その距離は窓ガラスを通して3mほど。

 最初に食べに来たのは、2_2 2羽のツガイの「メジロ」、目の縁が白く、緑色した姿はきれ い、広瀬川ではほとんど出会わないし、このような近距離で野鳥を撮影するは始めて、できるだけ気づかれないようにシャッターを切った。次に来たのは「ヒヨドリ」、この鳥は家の周りにはたくさんおり、以前、部屋の側に巣を造ったりしている。体が大きいので、台に乗るのはやっと。あたりを警戒しながら食べていた。台の上には来なかったが、その下で落ちた餌を啄ばみに来たのは「アオジ」。雀の仲間だが、お腹は黄色、広瀬川でもPhoto_40あまりお目にかからない。

 家の側で思いがけず、「メジロ」や「アオジ」の珍しい野鳥と出会うことができ、灯台元暮らし、至近距離で撮影したベストシーンを「きょうの広瀬川」で公開したいが、それではどこかのテレビ局と同様、捏造になってしまうので、このブログで見ていただきたい。(写真は上「メジロ」と下「アオジ」)

 

2007年2月12日 (月)

雛飾り

 2月も中旬に入ってこの2,3日、寒い日が続いている。朝の冷え込みもあり、最高気温も平年並みか若干高い気温だが、先日まで10度を超える日が続いたので、寒く感じる。しかし、冬型も長続きせず、明日からは春の陽気に戻るとの予報。あと、半月ほどで3月だが、このままの暖かさが続けば、「きょうの広瀬川」も今冬は積雪なし、氷の張らない冬らしくない映像で終わりそう。

 昨日、雛飾りを飾った。Photo_39 我が家には2つの雛飾りがある。ひとつは娘が生まれたとき、祖父母に買ってもらったケース入りのコンパクトなもので毎年欠かさず出している。もうひとつは昭和62年にテレビ番組のビデオコンテストに応募して優勝し、もらった七段飾りの豪華なもの。こちらの方は場所も飾る手間もかかるし、子供たちの受験、母の介護、父母の相次ぐ他界とごたごたが続いた結果、実に10年ぶりの登場となった。

 10年間も箱の中に入っていたので、お雛様の顔や衣装にカビが生えてないか心配したが、人形にはカビもなく、ほぼ、オリジナルの姿で飾ることができた。さすが老舗の「久月」の雛人形、我が家にとってバブル時代の恩恵を受けた唯一のもの。

 この雛人形を飾るとビデオで撮るのが恒例になっていた。ここ20年間に撮影したビデオテープを見ると現在22歳になった娘をはじめ、亡くなった両親が雛飾りとともにたくさん写っており、今では我が家の貴重な宝物になっている。主役の娘も今は就職活動で忙しく、来年は家を出るという。そうなれば夫婦2人だけになり、お雛様を飾るのも今回限りになるのかもしれない。

 

2007年2月 5日 (月)

インターネット会議

 かってない暖冬の広瀬川、12月、1月と積雪は全くなく、2147 2144 気温も高いため、氷も張らない。冬鳥の数も例年より少なく、「きょうの広瀬川」に載せる毎日の被写体に困ったが、春の植物が咲き始めてきたので、先取りして掲載することにした。

 「オオイヌノフグリ」「セイヨウタンポポ」「ナズナ」「ハコベ」の花が1ヶ月近くも早く咲き始め、「ネコヤナギ」の芽も年末には大きく膨らんでいた。全く冬らしくない日が続いている。冬は暖かくてよいが、その分、冷夏が心配される。

 「インターネット」にマイクを接続して仕事の打ち合わせをしている。いつものメンバーは3名、時間を決めパソコンのスイッチを入れ、「SKYPE」というソフトを使用し、会話する。勿論料金は無料、カメラも付ければ「テレビ電話」になるが、中年のおじさんの顔を特別見たいとは思わないので、マイクだけにしている。このソフトでは文字を書き込む「チャット」もでき、離れていても会議ができるすぐれもの。

 新しい分野になる「動画CM」をホームページで普及させるため、これからもインターネットによる会議は続く。

 

2007年1月13日 (土)

2000回の元日

 今年のお正月は晴天に恵まれ、暖かく穏やか新年を迎えることができた。私にとっては父母の喪中が続いたため、今年は3年ぶりのお正月、元日にはImg_3381「きょうの広瀬川」はちょうど2000回目を達成し、新たな気分で年のスタートを切ることができた。

 今年の年賀状は「広瀬川の日の出」に「2000回達成」を。ちなみに前回、喪中の前(2004年)に出した年賀状には1000回達成(2003年12月達成)について書いていた。2000回に達することに気づいたのは12月の上旬、必ず元日までには達成することを見込んで出してしまったが、師走の忙しい時期で広瀬川にも休まず通わなければならず、少しプレッシャーになっていた。

 前回お正月を祝った6人家族から今回は帰省した長男を含め4人になってしまったが、久しぶりで揃った家族で水入らずのお正月を迎えることができた。初詣も3年ぶり、私の干支辰年の守り本尊の「愛宕神社」に行き、家族全員でお払いを受けた。そして引いたおみくじは「吉」、全体的としては運のよいことが書かれてあったが、ただ気をつける点として「感情の起伏が激しく、怒りやすいので注意」と指摘されていた。実は暮れ頃から、些細なことですぐに切れ、妻にあたっていたのだ。私の心の中を神様にズバリ見透かされてしまっていた。

 この神社は昔から私にとって縁起がよく願いことも叶っており、おみくじを引いても不思議とあたっていることがある。今回おみくじで指摘されたことは素直に反省し、叶うことは自信をもって達成できるように努力し、いい年にして行きたい。

 

 

 

 

 

 

  

 

 

2006年10月31日 (火)

定期健診を終えて

 ここ数日、「秋晴れ」のよい天気が続いている。この晴天はしばらく続きそうだが、Photo_37明日からは「小春日和」の晴天となりそう。 周辺の山々では紅葉が見頃になってきており、広瀬川周辺の街路樹も色着き始めた。河原では「コガモ」「オナガカモ」などの冬鳥の姿も見られ、着実に季節は冬へと推移してきている。

 定期基本検診をきょうやっと受けてきた。健康には自信があったが、50代も半ばに達しており、普段の不摂生な生活を送っていることもあり、検診で何が引っかかるか不安で受診を期限ぎりぎりまで遅らせてきた次第である。

 例年の検診では、運動不足と食べすぎにより、「高脂血症」で要治療と指摘は受けていたが、特に自覚症状もなく、医者に行くまでではないと自分で勝手に判断していた。しかし、約半月前、夜、パソコンに向かっていると頭がくらくらして、後頭部がズキズキする、血圧を測ると最高血圧がなんと180もあるではないか、次の日あわてて近くの医者行くと予想どおり「高血圧」ということで薬のお世話になることになってしまった。

 先日、高校時代の友達が亡くなった。腰が痛いので、何件かの医者に通っていたが、診断は「腰痛」。しかし、痛みがひどいので大学病院で診てもらったら、「前立腺がん」で腰の骨に転移していて手遅れだったそうだ。年老いた両親を残しての53年の人生だった。

 仕事で「腎臓透析」友の会主催の講演会を撮影した。私と同年代で勤めながら、週3回透析を行っている方もいた。透析は勤務後の5時過ぎから約4時間かかる。もし1度でも休めば死につながってしまう。透析に入る原因となったもともとの病気の1位は糖尿病、3位は高血圧だそうで、生活習慣病からきており、透析の患者も増えているという。腎臓透析など他人事だと思っていたが、この講演を聞いて改めて自分の健康管理について反省させられた。

 パソコンに向かうことが多く運動不足になりやすい生活、カロりー計算をしたきちんとした食事をするとともに、毎日の日課である広瀬川に通い、家事も手伝いながら減量し、健康管理に注意して行きたい。自営業にとって健康が一番大切。

 

 

2006年10月 9日 (月)

暗室復活

 先日の台風並に発達した低気圧により、洪水等の被害が予想されたが、幸い150ミリ程度の雨量にとどまり、広瀬川では河川敷への浸水もなくほっとしている。河原では「ニシキギ」などの紅葉が始まり、もうすぐ、鮭も遡上してくる。夏鳥は去り、コガモなどの冬鳥も次々と到着して来ている。Photo_35

 我が家には30年前に増築した際、作った暗室があるが、写真のカラー化に伴い、使用したのはほんの数年で、使用しないうちに物が積み重ねられ、物置状態になっていたが、この度、なんとか写真の焼付けができるスーぺスを回復し、暗室が復活した。

 実は仙台の古い写真を集めているA氏から昭和30年代前半頃 の仙台の「ネガ」が大量に持ち込まれ、当初はネガをスキャナーで取り込むつもりだったが、6、6版だったので、対応できず、急遽、プリントすることになったわけである。

0001 久しぶりの焼き付けを行ったが、露光した印画紙を現像液に付け、画像が少しずつ浮き出てくる瞬間はいつも感動的、パソコンのプリンターでは味わうことができない瞬間である。 手間は掛かるが、プリントからパソコンにスキャナーした方が、直接ネガからスキャナーするより、柔らかな感じがする。使用した印画紙は20年から30年前のもの、昔の残っていたものを使ったが、支障はなかった。

 000250年前の市内の風景や子どもたち、藤崎の屋上にあった遊園地や三居沢の動物園、焼き芋屋さんや広瀬川で遊ぶ子供達の姿もある。これらの写真を素材にして昔の仙台をテーマにしたビデオの作品を作って行きたいと思っている。

 

 

2006年9月26日 (火)

1枚の写真から

 9月の前半は秋雨のぐずついた天気だったが、彼岸頃から秋晴れの天気になり、朝晩の気温も下がり、めっきり涼しくなった。きょうの気温は20度まで達せず、ちょっと前の残暑がうそうよう。涼しくなって一番うれしいのは蚊にさされなくなったこと。蚊に好かれる私は庭にちょっと出ただけで、何箇所も刺され、痒みに耐えていた。今年の夏は今までで一番さされたような気がする。

 虫といえば広瀬川では「かげろう」が発生し、橋の上は死骸でいっぱいになっていた。また、いつもの堤防の散歩道では「アメリカシロヒトリ」の毛虫が大発生し、堤防のコンクリートの上をわさわさ這っている。問題なのは、発生源のその付近の桜をはじめとした街路樹、軒並み毛虫にやられ、葉は食い尽くされ、風が吹くと毛虫が上から落下してくる。結構知らないで多くの人がこの路を通っていた。頭上の毛虫に注意。

 仕事の関係でお世話になっている「ヘンリーさん」が9月からブログを始め、得意の写真で仙台を紹介している。Hirose1Hirose1a 先日、「きょうの広瀬川」もPRしていただいたが、早速、ブログを見た方か らメールをいただき、私のHPにある35年前の昔の白黒の写真に色を着けて送ってくれた。実はその写真には自分の出た当時の小学校が写っており、感激して写真をカラーにしてしまったとのことだが、一枚の写真を通してまた輪が広がった。

 この写真、偶然にも、9月20日に仙台市の「広瀬川ホームぺージ」にアップされたばかり、「広瀬川の記憶」で使用されており、私の子どもの頃の川の思い出も取材されている。ちなみにこのHPには、私の夏休みの宿題であった「広瀬川研究レポート」が来月掲載予定になっておりますので、見ていただければ幸いです。

 

2006年8月22日 (火)

ハンカチおじさん

 夏休みではなかったが、気がついたら、このブログも1ヶ月以上も休んでしまった。昨日、一昨日の高校野球の決勝戦は普段野球に興味ない私にもすばらしい試合だった。決勝戦を無理やり東北に結びつければ、37年ぶりの決勝再試合で、惜しくも敗れた青森の三沢高校活躍と重なる。また、今年の決勝戦で戦った「早稲田実業」とは「日大山形」が、「駒大苫小牧」とは「青森山田」が惜敗しており、東北同士の決勝戦も夢ではなかった。

 仙台の梅雨は8月に入ってから、やっと明け、10日間くらいは夏の天気が続いたが、お盆頃からはくもりではっきりしない天気が続いている。湿度も連日90%を超えており、蒸し暑い。広瀬川を歩くとすぐに汗ばみ、ハンカチが手放せない。

 先日、 大学の寮の後輩の墓参りに秋田県鹿角市に行ってきた。Photo_34彼が亡くなったのは大学1年の12月、まだ18歳の若さでの死だった。 長年ご無沙汰していたが、今年は33回忌にあたることから寮の仲間5名での訪問となった。 墓参りの後、彼の実家を訪れた。彼のお父様はすでに亡くなられていたが、彼が亡くなった時の悲しみの様子はいまだに忘れられない。私の青森にいる子供は今、大学2年生、親となってその悲しみが少しは実感させられるようになった。仏壇に飾られていた長髪の彼の写真は18歳のまま、さわやかな「ハンカチ王子様」、5人の寮の仲間は50を超えてくたびれた「ハンカチおじさん」になっていた。

 鹿角市は34度と真夏の空が広がっており、ちょうど、日本三大ばやしのPhoto_32「花輪ばやし」の最中、彼の実家の毛馬内では「毛馬内盆踊り」が引き続き行われるということで祭り気分で賑わっていた。仙台に帰ると「広瀬川の灯ろう流し」が始まっていた。蒸し暑さに「ハンカチ」を出そうとしたら、秋田に忘れてきたのに気がついたが、あとの祭り。

2006年7月16日 (日)

6周年記念特別セール

 7月7日で「きょうの広瀬川」は満6年を迎えることができた。だれも祝ってくれなかったが、広瀬川の動物達からはこのところ日替わりで素晴しい映像を提供してもらっている。

 昨日(15日)、宮沢河川敷付近に住んでいる「アイガモの家族」Photo_27 に2羽の雛が誕生していた。アヒルとカモの交雑種と見られるこの家族はいつも仲良しで一緒に行動している。白い色の母鳥の側には生まれたばかりの雛が寄り添っていた。この家族を見守っている人の話によるとこの雛を見たのは今月1日で、もう2週間ほど経っているという。毎日、餌を与えていると雛もすぐ側まで寄ってきてかわいいが、逆に警戒心が少ないのが心配だ、今が一番外敵に狙われやすい時期なので、なんとか無事に育ってほしいと話していた。

 一昨日(14日)Photo_28は梅雨の晴れ間が広がり、 気温も32度まで上昇し暑くなった。普段は水の中にいる「亀」がなんと、河川敷の遊歩道の上にいるではないか、水辺にいる時は少し近づいただけで、素早く水中に逃げてしまうが、この亀はゆっくりしていて逃げようとしない。このシャッターチャンスにマクロで直前まで近づいてじっくり撮ることができた。

12日、雨上がりの宮沢河川敷。すぐ近くにはベンチなどがあるいつもの通り道。何気なく、Photo_29 岸辺に張られた金網付近を見ると2匹の太くて長い「アオダイショウ」が、絡みあっているではないか、この付近の広瀬川で蛇の姿を見るのは4,5年ぶり、もうとっくに姿を消してしまったと思っていたので、怖いよりも、感激で蛇の迫力ある交尾中の貴重な映像を写真とビデオでたっぷり、撮影することができた。

撮影を終了し、家に戻ると某大型家電店から電話があり、先日、冷やかし半分で入札した「DVDビデオカメラ」が落札されたとのこと。高画質の最新式だったが、落札額は定価の半分以下、蛇が金運をもたらしてくれたと信じ買うことにした。7年目に入った「きょうの広瀬川」、高画質な「ビデオと写真」が1台で撮れるこのカメラで自然豊かな素晴しい映像が配信出来ればと思っている。

 

2006年7月 1日 (土)

記者会見

 今年の梅雨はぐずついた天気が続くという長期予報であったが、6月9日に梅雨入りしてから、結構、晴れの日も多く、今週に入っても4日連続で晴天が続いている。お陰で、「きょうの広瀬川」の映像もネタが豊富で順番待ちの状態になっている。

 昨年7月から取り組んでいた2_1 「青葉山」のPRビデオが、やっと完成した。「生命(いのち)あふれる青葉山」という題で、杜の都「仙台」の市街地に隣接する「青葉山」の魅力を再発見できたらと「青葉山の緑を守る会」が制作した。5名の会員が約1年かけてビデオで撮影したが、大都市の近くにありながら、豊かな自然が残されており、「カモシカ」やオオルリなどの「野鳥」、「カタクリ」や「ヒメシャガ」などの多くの植物やきのこ類、「クワガタ」などの昆虫類も多数収められている。ちなみに私は編集も担当し、期限の6月末までなんとかカタチにすることができた。

 DVD完成のお披露目の場は仙台市の記者クラブ、6月30日の午後1時から記者会見を行い、新聞、テレビの報道機関に発表した。アマチュアが撮ったビデオであるが、青葉山を愛している人々が撮った説得力がある映像にプロはかなわない。4社ほどから取材を受けた。なお、このDVDは7月17日に一般市民を対象にした発表会が予定されているが、「きょうの広瀬川」のHPでも見られる。

2006年6月 3日 (土)

ツバメのマンション

 このところ、五月晴れのよい天気が続いていたが、今日あたりから、くもり空が広がり、ヤマセの風も吹き始め、週間天気も下り気味。もうすく、仙台も梅雨に入りそう。

 広瀬川に架かる新幹線の橋げたの下にはたくさんの「イワツバメ」の巣がある。ツバメにとって巣を作る泥や餌になる虫を身近に手に入れることが出来るバッグンの環境にある高級マンション、時より通過する新幹線の騒音と振動を我慢すればだが・・・

 しかし、このマンションに異変が生じている。夏鳥の「イワツバメ」は例年五月頃には自分の巣に戻って来て繁殖、子育てを行うが、今年はいまだに巣はすべて空きや。広瀬川の川面では虫を求めて旋回しているたくさんのツバメを見かけるのだが、巣には戻ってきていない。

 このツバメの異変、ひっとしたら、このマンション、近々、発生が予想される「宮城沖地震」で耐震強度不足のため倒壊する危険を予知しての行動かも?・・・

 ツバメの巣を見上げていて、その理由を知りたくて鳥の生態に詳しいK女史に川から電話をしたが、18秒たっても出ない。実は映画館にいたのだそうだが、偶然にもそのすぐ前の席には私の妻と友達がいたとか、私が電話をした時はちょうど映画が始まる直前だったそうで、妻に出る必要がないと言われたとか・・・・ツバメの異変よりも、この映画館での出会いの方が私にとっては不思議な出来事だった。

 

2006年5月19日 (金)

十数年前にタイムスリップ

 このところ五月晴れの天気に恵まれていたが、久しぶりにまとまった雨が朝から降っていて、気温も上がらず肌寒く、しまったストーブが恋しく感じられた。そういうことで、きょうは外に出る気にはならず、「きょうの広瀬川」は休みにすることにした。しかし、きょうの雨のお陰で明日から始まる「青葉祭り」は晴れの予報、例年の雨のジンクスは破られそう。私も仕事で「スズメ踊り」に参加する保育園児の晴れの姿を撮影するために出かける予定である。

 今から十数年前は平成が始まった頃でバブルの絶頂期、0008 私はサラリーマンをしていたが、当時としては高額なベータのビデオカメラを買い、子供達や家族を行事や休みの度にせっせとカメラを回していた。放送局で使うような一体型で高画質であったが、重さが10kg近くあり、今のコンパクトカメラと違い気楽に持ち運びができないので、撮影は家の周辺だけに限られていた。結局、そのカメラは5年位使用し、新しくでた高画質で軽いカメラにとって変わった。

 「ベータ」が姿を消してしばらく経ち、カメラも壊れてしまいテープが再生できない状態がしばらく続いていたが、0013 VHSにダビングしにしてくれる店をやっと見つけ、今回懐かしい映像に再会することができた。十数年前の日常が記録された三十数本のビデオテープだが、現在,大学生の子供達も小学校の低学年や幼稚園児で「かわいい盛り」、今とは大違い。亡き父や母も姿も写っており、元気な声も聞こえる。ビデオテープからはゆったりとした時間の流れも感じられ、まるで当時にタイムスリップしたような気分になった。

 

2006年5月10日 (水)

連休明けの広瀬川

 連休中は天気に恵まれ、気温も高かったが、今週に入ってからは天気はぐずつき、冷たい海風の影響で気温は上がらない。例年今の時期は五月晴れの安定した日が続くのだが、今年はすでに梅雨に入ったような天候になっている。長期予報でも当分五月晴れの天気は見込めそうもない。

 広瀬川では桜の花は散り、新緑がまぶしい。Dsc_0043 米ヶ袋の縛り地蔵付近では白、ピンク、赤と色とりどりの桃の花が満開。冬の間、楽しませてくれた「ユリカモメ」は北の国に帰り、入れ替わりに「ウミネコ」が毎日海から通ってきている。同じ「カモメ」だが、人に慣れていて愛嬌のある「ユリカモメ」に比べ「ウミネコ」の人気はいまいち、餌を上げる人もいない。

 今の時期、Dsc_0024 海からは「マルタウグイ」が産卵のため遡上してきている。岸辺では産卵する雌に沢山の雄が群がって、水しぶきを上げている。この魚は小骨が多く猫も食べないことから「猫またぎ」とも呼ばれている。産卵を終えるとまた海に戻って行く。季節は春から初夏へと確実に変化している。

2006年4月27日 (木)

山形経由広瀬川

 昨日の朝、「山形に桜の写真を撮りに行こう」と広瀬川でよく会うK氏から突然の誘いがあった。、当初、朝一番で日課の広瀬川に行くつもりだったが、3月の卒業式関係のビデオの処理がちょうど一段落し、天気もよさそうだったので予定を変更して山形に行くことにした。

 山形には子供が小さい頃、16 よくドライブに行っていたが、ここ数年は足を踏み入れていなかった。山形市の桜の名所「霞城公園」に行くのは初めてだったが、市街地のほぼ中央に位置する山形城跡地の広い公園には一部復元された大手門をはじめ、博物館や体育館、野球場などもある。周りを囲む堀の土手には約1500本の桜の樹が植えられ、ちょうど見ごろの満開で、多くの人々で賑わっていた。

 滞在したのは3時間半ほどだったが、Y26 52 「城跡と桜」や「アオバト」の写真を撮ることができた。帰りは10~20分間隔で運行されている山形、仙台間のバスに乗ったが、高速道路経由で仙台駅まで1時間で到着し、料金も往復で1500円と格安だった。このバスは下宿するより経費がかからなくて済むということで仙台から通学している大学生もいるとか、また、週末は山形から仙台に遊びに来る人で賑わっており、好評とのこと。午後4時前には広瀬川に着き、この日の「きょうの広瀬川」を無事更新することが出来た。

2006年4月22日 (土)

冬鳥の旅立ち

 広瀬川は今、桜が満開。今年は開花してから天気にはあまり恵まれず、雨や花冷えのくもりの日が多かったが、この週末は天気に恵まれ、絶好の花見日和になりそう。

 例年、P1010043 桜の咲く頃には北に旅立っている「ユリカモメ」、「キンクロハジロ」、「カワアイサ」などの冬鳥がまだ、広瀬川に居残っている。「ユリカモメ」は頭の色が「白」から夏羽の「黒」に生え変わり、シベリアでの繁殖の時期を迎えているが、まだ、たくさん残っている。すでに頭上では夏鳥の「ツバメ」が盛んに飛び回っている。鳥の専門家の話では「ユリカモメ」と「ツバメ」が同居しているのは珍しいとのこと。

 全国的にも雀や鳩がたくさん死んでいたり、鳥インフルエンザの脅威が叫ばれているが、鳥の世界に何か異変が起きているのか・・・・

2006年4月 5日 (水)

若林の原風景探検

 若林区役所から「若林の原風景探検」という写真集が送られてきた。これは昭和30年代の若林区内の写真を広く市民から集めたもので、私が高校の時に撮った広瀬川での「スケート」の写真も掲載されている。3 私が生まれ、中学の始めまで過したのが、若林区の南鍛冶町、藩政時代から鍛冶屋の町だったが、私がいた頃には商店街に変わっていた。スケートの写真は高校の2年の頃の昭和44年の撮影。高校の写真部に属しており、やっと買ってもらった「アサヒペンタックス」の一眼レフカメラを手に市内を駆け回っていた。当時は東仙台に引越していたが、生まれ育った故郷のそばの「広瀬川」が懐かしくて、何回か足を伸ばして撮影した。これが、今、毎日続けている「きょうの広瀬川」の原点になったのかと思う。

  この写真集は市民から収集した約140枚のモノクロ写真を収録しており、当時の農村や商店街で暮す人々や子供達が撮影されている。これらの写真を見ていると昭和30年代は経済的には豊かな時代ではなかったが、今の時代に失ってしまった「ほのぼのとしたやさしさ」が感じられる。

 私が仙台市内を撮影したS291昭和40年代前半の写真は「市電」「七夕」「仙石線」「高校行事」「広瀬川」 などでたくさんのネガが残されている。撮影した時はあたりまえの風景だったが、今見るとどれも懐かしいものばかり、1枚1枚から当時のことが思い出される。機会があったらHPでまとめて公開し、写真を通して多くの人々とおもいでが共有できたら思う。

2006年3月30日 (木)

カモシカとカタクリの花

 八幡町の牛越橋付近の広瀬川のすぐ西には「青葉山」があり、市街地に隣接しているにもかかわらず、豊かな自然が残されている。登り口は水力発電所や滝がある三居沢、老人施設があるところから登ることができる。今の時期は「カタクリ」の花が咲き始めているので、Photo_23 このカタクリの花を撮影しよう登ったが、100mほど行くと、前方に何か動くものが、よく見ると1匹の「カモシカ」が木の芽を食べているではないか、ほんの数メートルしか離れていない場所で。カモシカは私に気づいても逃げ出す気配はない、じっとこちらの様子を伺っている。このもようは写真とビデオに無事収めることができ、「きょうの広瀬川」に掲載したので、アクセスしていただければと思う。

 青葉山には「青葉山の魅力再発見」のビデオを制作している関係もあり、昨年から何度かこの山に通うようになった。山を知りつくしている方々が撮影したPhoto_24 「カモシカ」の映像をビデオでは何回か見ていたが、青葉山で実物と遭遇するのは初めて。現在、この付近では数頭が確認されているというが、東北大の移転や地下鉄東西線の工事で青葉山の環境の悪化が懸念されている。自然豊かな青葉山の象徴としての「かもしか」に出会えて、青葉山の魅力を多くの方々に伝えることができるようなビデオになればと改めて思った。

2006年3月21日 (火)

ゴジュカラ

  

 今年に入ってから、右肩にしびれを感じるようになった。とくに、車のドアを触った時の静電気による右肩のしびれは雷に打たれたように痛い。健康には自信があったが、不安になって医者に行ったところ「四十肩」とのこと。私の場合は正確には「五十肩」になるのか、パソコンに向かっていることが多く、毎日、広瀬川に通っているものの、肩を使う運動はほとんどしていないのが原因のよう。このままにしておくと、固まって動かなくなってしまうとのこと。P1010053

 広瀬川でよく出会う野鳥は「シジュウカラ」。私は「四十から」でなく「五十から」。いままで、肩こりや腰痛もなく、年齢の割りには若いと思っていたが、年相応の「五十肩」になり、痛いが毎日リハビリの体操をすることにした。

 

2006年3月19日 (日)

旅立ちの季節

 3月になり、連日、幼稚園、保育園、小学校、中学校の卒業式に出ている。もちろん自分の子供の式ではない、ビデオ撮影の仕事での出席である。厳粛な式、晴れの姿の失敗は許されない撮影は緊張の連続。でも、レンズを通して見るそれぞれの旅立ちの姿には感動させられている。

 Photo_20 広瀬川も冬鳥達の旅立ちの時期を迎えている。水にもぐって「シンクロ」を披露してくれた「オナガカモ」はすでに旅立った。まだいる「コガモ」は今、「ディスプレイ」の真っ最中、相手を見つけ、シベリアで繁殖する。冬の広瀬川のアイドル「ユリカモメ」は桜の咲く頃、北へ旅立つ。冬鳥達は次々と「秋田」、「北海道」を経由して「シベリア」へと帰って行く。鳥の姿が少なくなって寂しくなるが、あともう少し暖かくなると代わりに広瀬川には「夏鳥」がやってくる。

2006年3月12日 (日)

チーム青森

 啓蟄が過ぎ、広瀬川でも暖かい日には「てんとう虫」も姿をあらわし、「蝶」の飛んで姿も見られようになった。もうすっかり春になったと思っていたが、きょうは気温は上がらず、冷たい雨が朝から降っている。あしたからは冬型の気圧になり寒くなりそうとのこと。春の彼岸頃までは「三寒四温」の気温を繰り返しながら本格的な春に向かう。

 息子が青森の大学から春休みで帰ってきた。 昨年の青森は豪雪で3月になっても市内で1m以上の雪が残っていたが、今年は3月になってから気温が上昇したこともあり、雪は大分解けているとのこと。Photo_18今、トリノオリンピックで活躍したカーリングの「チーム青森」の選手は、地元の青森市で行われている「日本選手権」で市民の熱狂的な声援を受けているという。市民の熱い思いも雪解けに無縁ではなさそう。

  「チーム青森」の寺田選手は息子が通っているA公立大の3年生、オリンピックの出場が決まった時に学生で応援の寄せ書きをした。息子が書いたのは「最底でも金メダル」、なんと「最底」の「低」の字が間違っているではないか、青森中、チームの活躍に盛り上がっているというのに、うちの息子はほんとうに「最低」。

 

 

2006年2月28日 (火)

卒園ビデオアルバム

 昨日は広瀬川でTVの取材を受けた。「きょうの広瀬川」を見てくれているマスコミは結構多い、身近な季節の話題や天気予報のコーナーでの取材の参考にしているようで、今回は広瀬川でひと足早い春を見つける取材に同行した。私が取材を受ける時はいつも天気はあまりよくない。過去の取材でも寒かったり、強風が吹いたりしたが、今回も大当たり。天気は晴れたが、冷たい強風が吹きつけ、体感温度は零度以下。この寒さで期待していた「西洋たんぽぽ」や「オオイヌノフグり」「ヒメオドリコソウ」の花は閉じたまま。しかたなく、1株だけ咲いていた「ナズナ」の花で春を感じることとなった。

 トリノオリンピックが終わり、Photo_15 荒川選手も凱旋した。今、日本中、唯一のメダルをとった荒川選手の話題でもちきりである。仙台はフィギアスケートの発祥の地ということもあり、昔から冬になると凍った沼や川ではスケートが盛んに行われていた。このような環境も今回の活躍に繋がったのかもしれない。荒川選手が幼少時代に通っていたのは仙台のW幼稚園。スケートはこの幼稚園時代に初めて滑ったという。

今、この幼稚園のあるクラスから「卒園ビデオアルバム」の作成を依頼され、最後の仕上げの編集作業に入っている。アルバムの素材になる「ビデオ」や「写真」また「園児一人一人のインタビュー」などすべてお母さん方が撮影した手づくりの愛情があふれた「卒園ビデオ」である。編集しているうちに一人一人の顔も覚えてきた。ビデオには将来の夢も収録されている。無限の可能性をもった子供達、荒川選手の活躍に影響され、この中から第二の荒川の誕生も夢ではない。その時に、今作っているビデオで幼稚園時代を紹介できれば制作者として仕事冥利に尽きると思う。

2006年2月26日 (日)

春の取材

もうすぐ、3月になるが、Photo_14 広瀬川の河原では草花が春を告げてくれている。現在見られるのは「オオイヌノフグリ」「ナズナ」「セイヨウタンポポ」「ヒメオドリコソウ」。背丈や花は小さいが、北風が当たらない、南向きの斜面でけなげに咲き始めている。

 この一足早い春を求めて新聞やTVからの取材が続いている。先週はA新聞の記者の方と2時間近く、河原を散策した。「きょうの広瀬川」の情報を参考に咲いている場所を探したが、見つからないようなので同行することにした。掲載している植物は河原の1部でしか咲いておらず、花は小さく、写真はマクロで拡大して撮影しているので、見落とすのも無理はない。27日にはTV局の取材に同行予定。

 

 

 

2006年2月20日 (月)

トリノオリンピック

 2月も下旬になり、Photo_12 広瀬川でも植物を通し、 春を感じるようになってきた。「ネコヤナギ」の芽は膨らみ、「ふきのとう」も芽をだし、「ロウバイ」の木は黄色い花を咲かせていた。河川敷では背丈は低いが「オオイヌノフグリ」や「ナズナ」の花も咲き始めていた。

 イタリアでは「トリノオリンピック」が後半を経過したが、こちらの広瀬川では「鳥のオリンピック」が開かれている。今年の冬、冬枯れで話題の少ない中、「きょうの広瀬川」には沢山の鳥達が参加してくれた。この冬、12月以降、今日まで鳥が登場してくれた日は36日、実に4割以上の日で色とりどりの鳥達が協力してくれたことになる。

 鳥達は競技にもエントリーしている。Photo_13 種目は「シンクロ」、カモ達が競って水に潜るが、その姿が決まっているのは「オナガカモ」。5羽で見事に決めてくれた。もうすぐ、これらの冬鳥達は北に帰る準備にはいる。植物も顔を出し始め、河原の主役も変わろうとしている。春はもうすぐ、冬が厳しかった分、どんな出会いを見せてくれるか楽しみだ。

2006年2月11日 (土)

ヒヨドリ

 一昨日は気温が8度まで上昇したが、昨日、今日と真冬に逆戻り、吹く風は冷たく、昼間でも河原の残雪は凍りついていた。予報ではこの厳しい寒さも今日までのようで、明日からは平年並みまで気温は上がり暖かくなる見込み。

 七郷堀の側にある「ケンポナシ」の大木。Photo_11 その木になった実を求めて、たくさんの「ヒヨドリ」が集まっていた。この実は小さく種の部分が多いが、野鳥達にとって木の実などがほとんどなくなった現在の貴重な食料になっている。

 「ヒヨドリ」は私にとって、幸運な「鳥」。8年前に会社を辞めて、家にいた時、軒下の南天の木に「ヒヨドリ」がやってきて、巣をつくり、卵を産み、雛が生まれ、子育てをして巣立っていった。約2ヶ月間の出来事だったが、その様子をビデオカメラに収め、「ヒヨドリ」の子育てと自分の今までの人生とを対比させ、これからの決意も込めた「46歳の巣立ち」というビデオ作品を制作した。

 この作品はその年の「東京ビデオフェステバル」に応募し、国内外、プロを含め2100作品の中からの40作品にノミネートされ、「シルバー賞」を獲得することができた。表彰式の壇上で映画監督の「羽仁 進」先生からお褒めのコメントもいただき、「映像作品」を制作する映像作家を目指し、40代半ばで脱サラした私にとって、幸先のよいスタートとなった。

 会社を辞め、家にいた時、読んだ雑誌に書いてあった私のラッキイーアイテムは「鳥」。それからまもなくして「ひよどり」に出会い、賞をもらい、現在、冬枯れの「広瀬川」で、毎日のように「きょうの広瀬川」に色々な種類の鳥達が登場し助けてくれている。今も鳥は私にとって「ラッキーアイテム」に変わりはない。

2006年2月 9日 (木)

恋の季節

 寒い日が続いている。きょうは晴れたが、最高気温は0度に達せず、真冬日の見込み。仙台で2月に真冬日を観測するのは10年ぶりとか、時折冷たい強風も吹いており、体感温度はかなり低い。

 来週の火曜日はバレンタインだが、Photo_9 Photo_10 広瀬川は今、恋の季節。「オシドリ」などは普段からいつもカップルで行動しているが、雄雌、別々に行動している「ホオジロガモ」などの水鳥達も相手を探し、カップルを作っている。まもなく、交尾が始まり、5月頃には雛が誕生することになる。寒い時期ではあるが、鳥達にとっては熱い恋の季節が始まっている。

2006年1月31日 (火)

ふきのとう

 寒い冬が約2ヶ月ほど続いて、「きょうの広瀬川」のネタ探しも苦しくなってきた。このホームぺージがスタートして5年半ほどになるが、いろいろな話題を毎日探すのは大変、。とくに冬は植物や昆虫、魚などの動物達の姿も少なくなるので、重複しないように気を使う。

しかし、毎日、川に通っていて、Photo_8  きょうは何を取り上げようかと思っていると目の前に被写体が現れることがある。3、4日前に取り上げた「イヌノフグリ」の花や「ふきのとう」の芽もその例で、今年の冬は寒く、まだ咲いているわけがないと思って足元を見たら、地面から顔を出したばかりの紫の小さな花が咲いていた。「ふきのとう」も同様で例年よりも2週間も早い掲載になった。

きょうは1日中、Photo_7激しい雪降りで大雪警報も発令された。今年は寒い割りに積雪はあまり多くはなかったが、きょうは10cmほどの積雪になりそう。雪の積った河原はいつもの風景とは別世界、白黒のモノクロの世界に変わっていた。本格的な春の訪れまではあと1ヶ月以上。例年にない厳しい冬ではあるが、河原の植物を通して確実に春が近づいているのを感じさせられた。

2006年1月29日 (日)

初春

 久しぶりに神社にお参りに行った。Photo_5 我が家は一昨年5月に父がそして昨年1月には母が相次いで亡くなったため、喪中が続いていたが、先週母の一周忌が終わり、喪が明けたので、参拝することになった。神社は愛宕山にある「愛宕神社」。仙台の東南の方にあることから辰年と巳年生まれの人々の守り本尊になっている。辰年生まれの私は「初詣」をはじめ、「広瀬川」に行った折やお願いことがある時などよくお参りに出かけていた。

 いつもは運動を兼ねて階段から登って行くが、きょうは車で直接向かうことにした。頂上付近は車が混雑しており、「何か行事でもあるのか」と尋ねると「きょうは旧暦の元旦」とのことであった。

 お参りし、おみくじを引くと「大吉」。中身も今の自分にあったよい内容で、すごく励まされた。今、話題の「六星占術」によれば、昨年までの3年間は「大殺界」。何をやってもうまくいかない時期だそうだが、私も父母の死をはじめ、仕事の方も空回りで低迷していた。しかし、ことしは「種子」ということで、物事のスタートの年。新しいことを始めるにはいい年だそうで、1月1日からは「きょうの広瀬川」で動画をスタートさせ、このブログを1月11日にオープンさせ、今、仕事の方のビデオも「編集」中心のホームぺージを新たに作成中である。いい事は信じて前に進むことにする。

 昨日の広瀬川、晴れたが風が冷たく、Photo_6 真冬の寒さに変わりはなかったが、ふと足元を見ると小さな紫の花が咲いているではないか・・・なんでこんな寒いのにとよく見ると付近にも、数えるほどだが、ぽつぽつと咲いていた。花の名は「イヌノフグリ」。名前は悪いが紫の可憐な花だ。例年は同じ場所で2月の中旬頃咲き始めていたが、今年は寒いのに半月も早い開花となった。春の花に比べ背丈は地面から顔を出した程度で花の大きさも小さいが、寒さに耐えながら、しっかりと春を待っていた。

2006年1月26日 (木)

青葉山と広瀬川

Dsc_0064_1  きょうは晴れたが、風が強く、最高気温は4度だが、体感温度はかなり低く感じた。そういうことで「きょうの広瀬川」は「風で波立つ川面」を取り上げた。写真では波立つのを表現するのは難しいが、動画の方を見ていただければ動きのある映像と風や波の音も入っているので、ストレートに感じていただけると思う。

 仙台は100万都市としては珍しく、046 市街地に隣接したところに豊かな自然が残されている。街の西部にある「青葉山」そして市街地を流れている「広瀬川」。 今、青葉山のPRビデオを作成している。撮影したのは「青葉山の緑を守る会」の会員の方々、青葉山の魅力を知り尽くした人々が撮影した「ビデオ」や「写真」の素晴しい映像を前に編集作業を行っている。完成は3月だが、ビデオを通し多くの市民に「青葉山」の魅力ある自然を伝えられたらと思う。

2006年1月24日 (火)

白鳥飛来

 きょうは地元のテレビ局の取材を受ける。場所はいつもの広瀬川。10時の待ち合わせ時間にタクシーから降りてきたのは、なんと私が毎日、朝食を食べながら見ている番組のS気象予報士。朝からテンションが高いが、お笑いタレント顔負けのこともやり、人気がある。千葉から来て3年ほどだが、仙台に馴染んでいる。

 取材の内容は私が高校の時撮影した「広瀬川のスケート」Scan102 の写真を見ながら、昔の広瀬川について語った。この時は川が完全凍結し、天然のスケートリンクになっていた。しかし、平成になってからは温暖化の影響か、スケートができるまでは凍っていない。この写真はHPに掲載してから各方面から反響があった。35年前にたまたま撮影した1枚の写真だが、その価値と魅力を再発見させられた。

 テレビの取材が終わってから「きょうの広瀬川」の取材を行った。用事を済ませてからの帰りでいつものコースを外れた「広瀬川」だったが、2 遠くに見慣れない白い大きな鳥を見つけ、望遠でシャッターを切りながら、逃げられない内にと大急ぎで近づいた。その姿はまさしく「白鳥」、仙台市近郊の沼や川では普通に見られるが、市街地の広瀬川には羽を休めるために訪れる程度で、一冬に出会るかどうか珍しいお客様。ビデオと写真でその姿を追っかけていたが、10分ほどで上流の方に飛んでいってしまった。

 脱サラして自由の身になり、HPを開設してからのいろいろな出会いがあり、自分が行動したことが認められたり、組織の歯車だったサラリーマン時代からは味わえない充実した日々を送っている。

 

2006年1月23日 (月)

オシドリ夫婦

仙台で久しぶりに積雪があった。2センチだったが、大晦日に10センチ積った以来の積雪。このところの寒さは厳しいが、晴れの日が多い仙台の気候は暮らしやすいのかもしれない

雪と寒さの中、Photo_2 Photo_3 雪景色を期待して広瀬川に向かったが、晴れ間が広がったため、すぐに雪は溶け出していた。中州付近では水鳥達が寒さのためか、岸辺でうずくまっていた。その中で目立っていたのは「おしどり」の雄、灰色や茶色や白黒が多い鳥達の中で色鮮やか。しかし、隣で寄り添っていた「おしどり」の雌は地味で控えめ。オシドリ夫婦なのだが、お互いに違うものを求めるのか・・・・

広瀬川から戻り、本業の「ビデオ編集」を開始しようかと思っていたところ電話があり、「きょうの広瀬川」のHPに掲載されている「昔のスケート」の写真の件での地元のTV局からの取材依頼だった。広瀬川関係の取材はHPのお陰でTV、新聞、雑誌、FMなどこれまでに多数取り上げられてきたが、本来の目的は「きょうの広瀬川」のHPを通し、本業の「ビデオ制作」の依頼につなげること。このサイトは「HIROSEGAWA. MEDIAKOUBOU.COM 」だが、「広瀬川」ばかりでなく私の本業のお店「メディア工房」の方も広瀬川と同様にドット混んで商売繁盛につながってくれればと期待している。今年こそ。

2006年1月16日 (月)

冬の蝶

 春のような気候が続いている。きょうで3日目。日中の気温も9度近く上昇し、3月中旬並みの暖かさになった。この暖かさのためか、広瀬川に向かう途中、信じられないものを見てしまった。Photo_1

 それは黄色い蝶、最初、動きがないので、死体かなと思ったが、近づくと元気に飛び始めた。本物の生きた蝶だ。この蝶の種類は「キチョウ」。特別に珍しく貴重な蝶ではない、1年中、野原で普通に見られる。しかし普通の蝶と違うのは冬越をすることだ。図鑑で調べてたが、「タテハチョウ」の仲間と同様に枯れ葉の下で冬を越すのだそうだ。

 あすからはまた、真冬に逆戻りとのこと。何年ぶりの寒さかは知らないが、昔の普通の冬らしい今冬の寒さ。暖冬に慣れてしまった身にはこたえるが、枯れ葉の下でじっと春を待つ蝶の姿を、想像すると、もうちょっと、がまんして本物の冬を楽しもうか・・・と少し元気づけられた。

 

2006年1月14日 (土)

暖かい「どんと祭」

 きょうは仙台伝統の「どんと祭」。お正月の飾りを神社で焼くとともに裸参りの人々が繰り出す。例年であれば、1年で一番寒い時期。しかし、今年は違う、きょうの最高気温は9度ほどで3月下旬並みの暖かさ。昨日まで2,3度の最高気温がこの1ヶ月ほど続いていたので、大変暖かく感じる。

 川の空気もいつもと違う、寒さの中にも暖かさを感じる。P1010004広瀬橋から見える「泉ヶ岳」も霞みがかかって春のよう。きのうまで凍りついていた雪も解け始めていた。 「きょうの広瀬川」では毎日、天気や気温のことをかいているが、この2,3年、季節が1ヶ月ほど、早く進んでいるような気がする。とくに昨年と一昨年の夏は6月頃から真夏になっている。これにあてはめれば今は「2月の中旬」頃の気候ということになり、春はもうじきということになるのだが・・・・・とにかく今年は春が待ち遠しい。

2006年1月12日 (木)

うぐいす

 きょうは月1回開催される「広瀬川写真教室」の日、広瀬川は「きょうの広瀬川」のHPでも紹介しているが、写真の被写体としても身近で魅力的な所、四季の川の風景を始め、街中にかかわらず、植物や昆虫、鳥、魚などの動物も見かけられる貴重な撮影ポイントになっている。

 多くの市民に写真を通して広瀬川をもっと知ってほしいと一昨年から始めたこの写真教室だが、残念ながら一般の人はあまり集まらず、いつも知り合いのみの3,4人。きょうは特に少なく、私とKさんの2人だけで出発することになった。

 kさんは鹿児島県出身で仙台に来てからは10数年だが、広瀬川のことをはじめ、仙台のことは私より詳しい。特に鳥や植物については詳しく、ホームページで間違った名前を載せるとすぐにメールで指摘される。「きょうの広瀬川」の第1号のファンになった方である。

 いつものコースを2時間くらいで回るが、きょうは珍しい鳥とよく出会った。Ugu_1 そのひとつが「ウグイス」。さすがに鳴く声はまだ聞こえないが、芽が膨らんだ「柳の木」に止まっていた。この鳥は鳴いている時期はほとんど藪の中に隠れていて姿を見ることは少ない。もともと警戒心が強い鳥のようでシャッターを1枚切るのがやっとですぐに飛んでいってしまった。でも出会えたのはKさんのお陰・・・写真教室で複数の人々と広瀬川を回るとそれぞれの視点での再発見があり、勉強させられている。

 

 

2006年1月11日 (水)

春を待つ

 数年前に脱サラしてから、おじさんが毎日通う場所は会社じゃなく「広瀬川」。机や椅子、上司や部下はいないが、おじさんの感性を磨いてくれる自然がいつもやさしく迎えてくれる。

 5年前から開設している「きょうの広瀬川」のホームページは日々の広瀬川を切り取った写真集、今年の元日からは動画も併せて配信しており、広瀬川に少しでもいる気分になってもらえればと思っている。

 今年の1696冬は仙台も20年ぶりの寒さとかで、広瀬川も凍りついている。きょうは少し寒さが和らいだが、吹く風が冷たい。 そんな中で見つけたのが「ネコヤナギの芽」、河原にたくさん自生しており、毎年、河原で早い春を感じさせてくれている。厳しい寒さの中、「ネコヤナギの芽」が確実に膨らんでいるのを見て、ほっとしている。春は確実に近づいている。

Photo凍った川を撮影していると散歩している年配の方が「昔の冬は川が凍結し、ここでスケートをやった」と話しかけてきた。もちろん50代のおじさんも滑った記憶はある。 広瀬川が凍らなくなったのはおじさんの記憶では昭和の終わりのバブルの頃だと思う。地球温暖化の影響とかで、平成になってからは全く凍らなくなった。今年の寒さは暖冬続きで、自然を軽視し、本来の寒さを忘れてしまった人に対するの自然の警告では・・・と考えさせられてしまう。

 

 

 

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