2007年7月 9日 (月)

「きょうの広瀬川」777で7周年

 前回のブログで紹介した「ヒヨドリの子育て」、5月の末に3羽の雛が誕生し,続編を書くつもりだったが、生まれてから4日目の朝、カラスに襲われたようで、巣がひっくり返されており、雛の姿はなかった。母鳥は諦めきれないようで、壊された巣の側で悲しく鳴いていた。自然の摂理とはいえ、残念。

 Photo_3 広瀬川では3組のアイガモが子育てを行っていたが、5月に1組目がアクシデントで巣を放棄したが、2組目は6月中旬、6羽の雛が孵り、7月始めには3組目が4羽の雛を連れて泳いでいるのが確認され、アイガモの家族は9羽から19羽の大家族になっていた。

きょうの広瀬川、一昨日で満7周年を迎えた。最初の掲載は2000年7月7日、「梅雨空のツインタワー」の写真が第1回目だった。当初、毎日どのような内容の写真を撮ったらよいか、苦労し、どうせ誰も見ていないだろうから止めてしまおうと思ったこともあったが、2007年7月7日の3セブンの日に7周年を迎えることができ、感慨無量である。

 先日の「広瀬川写真教室」の際、Photo_4 出会った2匹の「青大将」、近づいて写真を撮っても逃げない。どうやらこの時期は蛇にとって交尾の季節のようで、その邪魔をしてしまったみたい。怖いもの見たさの写真教室の「おばさん」達と「おじさん」は2匹の蛇に「蛇ちやん」、「蛇蔵クン」と勝手に名前を付け、写真を撮るから早く交尾しろと迫ったが、人の目が気になったのか、巣穴に入ってしまった。

Photo_5 7月7日は朝からNHKの取材に同行し広瀬川へ、この撮影が終わり、記念すべき、この日の主役を何にするかと思っていると、河原のいつもの場所で「蛇ちやん」が日向ぼっこしているではないか、1m以上の長さがあるが、トグロを巻いていたお陰で全身を納めることができた。そういうわけで記念すべき7周年目の「きょうの広瀬川」は少しでも長く続けられればと「蛇ちゃん」に決定した。今後とも「きょうの広瀬川」よろしくお願いいたします。

2007年5月27日 (日)

ひよどりの子育て

 きょうは広瀬川ではなく、我が家の「ヒヨドリ」の話。前回のブログで巣を作ったことを紹介したが、それから1週間ほどして卵を3個産んだ。きょうで抱卵して10日ほどになる。

 Photo_1 巣の場所は仕事場のある部屋の軒下に生えている南天の木。部屋の窓からはほんの1m位の場所。9年前にも同じ場所に巣を造くり、2羽が巣立って行ったが、雨風やカラス、鳶などの外敵から雛を守るためには人家の側は好条件。ひよっとしたら,巣を造った親鳥は9年前の雛か子孫でそのDNAが受け継がれていたのかもしれない。

 ただひとつ、「ひよどり」にとって誤算だったのは、部屋の主が鳥好きの映像マニアだったこと。早速、窓ガラスを通して、一番いい場所にビデオカメラを設置する。卵を温めている親鳥の姿を撮影していると目が合ってしまう、向こうも視線を感じてか「ぷい」とお尻を向けてしまう。えらいところに巣を造ってしまったと後悔していたのかもしれない。

 Photo_2 卵を産んでから母ヒヨドリは食事などで10分ほど巣を離れるのを除いて、昼夜を問わず雨の日を風の日も、抱卵している。父鳥も近くで見守っている。雛に孵るまではあと、10日ほど、まだ、道のりは遠いが雛が誕生したら、その模様をまたブログで報告したい。

,

2007年5月13日 (日)

アヒルとマガモの交雑種

 5月に入って五月晴れの爽やかな天気が続いている。今の時期はバードウィーク、広瀬川でも繁殖を始めている野鳥が多く、美しいさえずりが聞かれる。きのうあるTV番組の下見で花壇の広瀬川に行ってきた。例年、ここの崖の巣穴で「ハヤブサ」と「チョウゲンボウ」が繁殖しているが、今年も1羽のハヤブサの雛と巣づくり準備中のツガイの「チョウゲンボウ」を確認することができた。大都市の市街地の真ん中でこの貴重な野鳥が繁殖できるは青葉山と広瀬川の自然環境の巣晴らしさのお陰。

 きのうから仙台を舞台とした「アヒルとカモのコインロッカー」の映画が上映され、話題となっているが、こちらは広瀬川の話。宮沢橋近くには9羽の「アヒルとマガモの交雑種(アイガモ)」の家族が住んでいる。そのうち2羽が先月下旬から卵を暖めていたが、失敗したようで、卵を放棄してしまっていた。周辺の方々も雛が孵るのを温かく見守っていたが、残念。

 我が家の仕事場の軒下にある木に「ヒヨドリ」が巣を今月になって作り始めた。Photo 1週間ほどで完成し、今は卵を産む準備で巣はまだ空。実は9年ほど前にも同じ木に巣をつくり、子育てを行っていたが、その時の巣よりは上手に丁寧に作られていた。鳥にも起用不器用があるようだ。前回は巣立ちまでの模様をビデオで撮影し、「46歳の巣立ち」という作品にしている。今回も巣立ちまで温かく見守って行きたい。できれば、柳の下の2匹目のどじょうではないが、何か作品にできたらと思う。

2007年4月 1日 (日)

広瀬川の桜開花宣言

 3月はこのブログを休んでしまったが、3月に入ってこの冬の暖冬のもとになった「エルニーニヨ」現象から突然、「ラニーニャ」現象に変わり、卒業式のシーズンには真冬に逆戻り。雪が降ったり、気温が氷点下まで下がり、今年の1月より寒い日が2週間ほど続いたが、彼岸明けからやっと春らしくなり始めた。

 きょうから4月、気温も20度近くまで上昇し、Sakura 1週間ほど前から蕾が膨らんでいた広瀬橋近くの「広瀬公園」の桜の花が咲き始めていた。きょうの午前中に確認したが1つの枝に数輪の花を付けていた。 

例年、この公園の桜は市内でも開花が早く、「開花宣言」が出されると地元の夕刊ではいつもとり上げられている。今年はきょう現在、気象台ではまだ開花を発表してないが、一足早く広瀬川での「桜の開花宣言」をすることにした。

 広瀬公園をはじめ、広瀬川の周辺はいろいろな種類の桜の木が多く見られ、これから次々と咲き続ける。HP「きょうの広瀬川」でも取り上げて行くので、ぜひ見ていただき、川に来て花見をした気分にでもなっていただければ幸いです。

2007年2月28日 (水)

小さな訪問者

 2月も今日でおわり、今年の冬は記録的な暖冬だった。広瀬川ではすでに春の植物が花を咲かせ、「蜂」や平年は4月の上旬頃に見られる「モンシロチョウ」の虫たちが飛んでいる姿を確認することができた。

 先日、野鳥に仏前に上げたご飯を食べさせようと餌づけの台を設置した。場所は私の仕事場がある部屋の前。部屋からは窓ガラスを通して観察できる。折角なので、ビデオカメラとデジタル一眼レフカメラを設置し、餌を食べに来る鳥を待つことにした。その距離は窓ガラスを通して3mほど。

 最初に食べに来たのは、2_2 2羽のツガイの「メジロ」、目の縁が白く、緑色した姿はきれ い、広瀬川ではほとんど出会わないし、このような近距離で野鳥を撮影するは始めて、できるだけ気づかれないようにシャッターを切った。次に来たのは「ヒヨドリ」、この鳥は家の周りにはたくさんおり、以前、部屋の側に巣を造ったりしている。体が大きいので、台に乗るのはやっと。あたりを警戒しながら食べていた。台の上には来なかったが、その下で落ちた餌を啄ばみに来たのは「アオジ」。雀の仲間だが、お腹は黄色、広瀬川でもPhoto_40あまりお目にかからない。

 家の側で思いがけず、「メジロ」や「アオジ」の珍しい野鳥と出会うことができ、灯台元暮らし、至近距離で撮影したベストシーンを「きょうの広瀬川」で公開したいが、それではどこかのテレビ局と同様、捏造になってしまうので、このブログで見ていただきたい。(写真は上「メジロ」と下「アオジ」)

 

2007年2月12日 (月)

雛飾り

 2月も中旬に入ってこの2,3日、寒い日が続いている。朝の冷え込みもあり、最高気温も平年並みか若干高い気温だが、先日まで10度を超える日が続いたので、寒く感じる。しかし、冬型も長続きせず、明日からは春の陽気に戻るとの予報。あと、半月ほどで3月だが、このままの暖かさが続けば、「きょうの広瀬川」も今冬は積雪なし、氷の張らない冬らしくない映像で終わりそう。

 昨日、雛飾りを飾った。Photo_39 我が家には2つの雛飾りがある。ひとつは娘が生まれたとき、祖父母に買ってもらったケース入りのコンパクトなもので毎年欠かさず出している。もうひとつは昭和62年にテレビ番組のビデオコンテストに応募して優勝し、もらった七段飾りの豪華なもの。こちらの方は場所も飾る手間もかかるし、子供たちの受験、母の介護、父母の相次ぐ他界とごたごたが続いた結果、実に10年ぶりの登場となった。

 10年間も箱の中に入っていたので、お雛様の顔や衣装にカビが生えてないか心配したが、人形にはカビもなく、ほぼ、オリジナルの姿で飾ることができた。さすが老舗の「久月」の雛人形、我が家にとってバブル時代の恩恵を受けた唯一のもの。

 この雛人形を飾るとビデオで撮るのが恒例になっていた。ここ20年間に撮影したビデオテープを見ると現在22歳になった娘をはじめ、亡くなった両親が雛飾りとともにたくさん写っており、今では我が家の貴重な宝物になっている。主役の娘も今は就職活動で忙しく、来年は家を出るという。そうなれば夫婦2人だけになり、お雛様を飾るのも今回限りになるのかもしれない。

 

2007年2月 5日 (月)

インターネット会議

 かってない暖冬の広瀬川、12月、1月と積雪は全くなく、2147 2144 気温も高いため、氷も張らない。冬鳥の数も例年より少なく、「きょうの広瀬川」に載せる毎日の被写体に困ったが、春の植物が咲き始めてきたので、先取りして掲載することにした。

 「オオイヌノフグリ」「セイヨウタンポポ」「ナズナ」「ハコベ」の花が1ヶ月近くも早く咲き始め、「ネコヤナギ」の芽も年末には大きく膨らんでいた。全く冬らしくない日が続いている。冬は暖かくてよいが、その分、冷夏が心配される。

 「インターネット」にマイクを接続して仕事の打ち合わせをしている。いつものメンバーは3名、時間を決めパソコンのスイッチを入れ、「SKYPE」というソフトを使用し、会話する。勿論料金は無料、カメラも付ければ「テレビ電話」になるが、中年のおじさんの顔を特別見たいとは思わないので、マイクだけにしている。このソフトでは文字を書き込む「チャット」もでき、離れていても会議ができるすぐれもの。

 新しい分野になる「動画CM」をホームページで普及させるため、これからもインターネットによる会議は続く。

 

2007年1月13日 (土)

2000回の元日

 今年のお正月は晴天に恵まれ、暖かく穏やか新年を迎えることができた。私にとっては父母の喪中が続いたため、今年は3年ぶりのお正月、元日にはImg_3381「きょうの広瀬川」はちょうど2000回目を達成し、新たな気分で年のスタートを切ることができた。

 今年の年賀状は「広瀬川の日の出」に「2000回達成」を。ちなみに前回、喪中の前(2004年)に出した年賀状には1000回達成(2003年12月達成)について書いていた。2000回に達することに気づいたのは12月の上旬、必ず元日までには達成することを見込んで出してしまったが、師走の忙しい時期で広瀬川にも休まず通わなければならず、少しプレッシャーになっていた。

 前回お正月を祝った6人家族から今回は帰省した長男を含め4人になってしまったが、久しぶりで揃った家族で水入らずのお正月を迎えることができた。初詣も3年ぶり、私の干支辰年の守り本尊の「愛宕神社」に行き、家族全員でお払いを受けた。そして引いたおみくじは「吉」、全体的としては運のよいことが書かれてあったが、ただ気をつける点として「感情の起伏が激しく、怒りやすいので注意」と指摘されていた。実は暮れ頃から、些細なことですぐに切れ、妻にあたっていたのだ。私の心の中を神様にズバリ見透かされてしまっていた。

 この神社は昔から私にとって縁起がよく願いことも叶っており、おみくじを引いても不思議とあたっていることがある。今回おみくじで指摘されたことは素直に反省し、叶うことは自信をもって達成できるように努力し、いい年にして行きたい。

 

 

 

 

 

 

  

 

 

2006年12月 3日 (日)

私の品格

 きょう、やっと市街地にも初雪が降った。広瀬川は紅葉から落ち葉の季節に移行中、葉が落ちた木の枝では珍しい冬の野鳥が見ることができる。

 今年の流行語大賞は「イナバウアー」と「国家の品格」、知り合いの人から仙台には世界一は3つあるが解るかと・・・と聞かれたが、答えは「東北大」、「富沢遺跡の地底の森ミュジアム」そして「荒川静香」だそうだ。前の二つの理由はよくわからないが、「荒川静香」は明白、仙台が生んだ世界一には間違いない。

 「国家の品格」は本が発売された頃から知っていたが、あまり本を読まない私も買ってしまった。この本を読んで、改めて日本を取り巻く現状を認識させられた。昭和の始め頃まで日本人がもっていた世界に誇れる「情緒を育む武士道精神」を復活させることは今の荒廃している日本人に誇りと自信を与えてくれるとのこと。

 そのほかの流行語としては何個か選ばれていたが、0001_2 その中には「ミクシィー」、「ハンカPhoto_151 チ王子」が入っていた。私は実はこのブログのほかにも「ミクシィー」にも書いており、「ハンカチおじさん」を名乗っている。おじさんが「ハンカチ王子」?だった頃の写真を掲載したので、見ていただきたい。ついでに幼稚園時代の「荒川静香」もいっしょに・・・

 私の品格はこの程度、ミーハーで軽い。「国家の品格」の中で「家族愛」や「郷土愛」などの懐かしさという情緒の大切さ、「文学」「芸術」などの教育の重要性が述べられているが、自分が今やっていることと重なる部分もある。このブログを始めてまもなく1年を向かえようとしてしているが、来年は私のこのブログの名前「重」に見合って少しでも重みのある文章が書ければと思っている。

 

 

2006年11月12日 (日)

人貸し

 週末になって先週までしばらく続いた小春日和の穏やかな晴れ間がうそうような天気に変わった。土曜日は雨、そして日曜日は晴れ間があったが、強風も吹き、午後からはしぐれ模様の天気になった。気温もぐっと低くなり、10度を下回った。

 ビデオの制作業者の間では同じ日に仕事が重複して人が足りない時にビデオ撮影のみを外注する「人貸し」がよく行われる。この業界のほとんどは少人数で経営しているのがほとんどで、お互いさまなので、仕事が入っていない時は引き受けることにする。

 この土曜日に撮影したのは県南の町にあるお寺の落慶法要。簡単にいうと檀家や仲間の坊さんをたくさん呼んでの寺の本堂の新築祝い。ただ、普通の新築祝いと違うのは2日にわたり古式にのっとり、延々と儀式が行われること。実は3年前にも前住職の葬儀を撮影しており、葬儀の時と同様、冊子になった式次第には見たこともない漢字で書かれている。私は土曜日だけの撮影だったが、テープを回した時間は合計で4時間30分。このくらい撮影すると普通ならくたくたなってしまうところだが、今回は違った。

 この寺は「曹洞宗」だが、Photo_38 その大本山である福井の「永平寺」から78代住職の宮崎禅師がわざわざ出席されたのだ。宮崎禅師の年齢はなんと107歳、さすがに車椅子での姿であったが、法事をしっかりとこなされ、最後に参加者に対して約30分にわたり、人生感をゆっくりと述べられ、そのお言葉に仏教にあまり関心のない私も感動を覚えた。ちなみにこの小さな町のお寺に最高責任者が来られた理由は亡くなった前住職が宮崎禅師の弟子で生前、落慶法要の際は出席すると約束をされていたとのことでそれを果たすために訪れたとのことである。

 2ヶ月前の「人貸し」は「掃除に学ぶ会」の仙台での全国大会の撮影であったが、これはトイレ掃除を実践することで自分を心を磨くという。参加者の「宮城県知事」や「横浜市長」が会場になった中学校のトイレに素足になり、一生懸命素手でトイレの掃除をしている姿を目の当たりにして、せめて自宅のトイレは自分で清掃しようと反省させられた。最後まで撮影していると知事からは撮影中なのに握手を求められ、名刺までいただき感激した。これらの出会い、ビデオをやっていなければ味わうことができなかった経験と思う。

«定期健診を終えて

最近のトラックバック

2007年12月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31